母娘のわだかまりを監督自らが描く、唯一無二のドキュメンタリー映画『日常対話』

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過去にどれだけ痛い思いをしても、やっぱり私は凸凹がある人を魅力的だと思うし、好きだなぁと思います。
「〜すべきでない」とか、「ふさわしくない」を振り切って、自分そのままを持っている人に、魅力を感じ得ません。

この夏に日本で公開になるドキュメンタリー映画『日常対話』(原題:日常對話)でクローズアップされている、監督の実のお母様・アヌさんもそんな方でした。

台湾社会が抱えるもの

同性婚が合法化されたり、多様性を受け入れるリベラルな社会がクローズアップされることの多いここ最近の台湾ですが、これまでずっとそうだったわけではないですし、今も光が当たるところがあれば、まだ暗いままの部分もあります。

この映画の監督ホアン・フイチェン(黃惠偵)さんは、レズビアンの母・アヌさんのもとに生まれ、6歳の頃からその母の仕事ーー葬式で舞を踊り、死者の魂を鎮める「牽亡歌陣」と呼ばれる道士ーーを、妹とともに手伝っていたそうです。ホアン監督は、転々とする不安定な暮らしのために10歳で小学校に通えなくなり、義務教育を受けられなくなったそうです。

©Hui-Chen Huang All Rights Reserved.
「牽亡歌陣」のアヌさん。
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一方のアヌさんも必死でした。お見合いで結婚した相手は、実は家のお金を賭博で使い果たすほどのギャンブル狂で、さらにはアヌさんに対して暴力を働くような男だったのです。アヌさんは「牽亡歌陣」の仕事をしながらなんとか二人の娘を育てていましたが、夫のもとから娘たちを連れて逃げ出しています。

劇中ではホアン監督にも、アヌさんも、それぞれの境遇と人生があったことがしっかりと描かれています。

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世代によって受け止め方の違う「同性愛」

ホアン監督はアヌさんと娘さんを連れ、アヌさんの故郷を訪れます。
そして、親戚たちにアヌさんがレズビアンであることについて改めてインタビューします。

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親戚の方々が戸惑いを隠せない様子もしっかり映されていて、あの時代はまだまだ「同性愛とは隠すもの」という価値観が主流だったことが、どんなデータよりはっきりと伝わってきます。

そして、それとはまるで対照的に、小学生とおぼしきホアン監督の妹さんの娘さんが「どんな人にも愛する人を選ぶ権利はある」「性別は関係ない」とはっきり述べています。

ホアン監督はちょうどそれらの世代のはざまにあたるのでしょう。日本のいわゆる「はざま世代」にあたる私にとっては、感じ入るるものがあります。

母娘のわだかまり

全編を通して、サクッと旅行しただけでは見られないような、台湾の日常の暮らしの風景が広がります。

タバコを吸いながらギャンブルをする女性たち、親戚同士での語らい、先祖のお墓の掃除。
そして、カメラを手に、「今から自分はこれを話す」と決めた時にしか得られない、母と娘の対話。

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私の勝手な思い込みかもしれませんが、
誰しも、母親や父親にずっと聞いてみたかったけれど、心のずっと奥のほうにしまってあるような思いがあるのではないでしょうか。

知るのが怖いし、はっきりさせたいのは自分だけなのだから今さら掘り返すことはないとそのままにしているけれど、逆にそのために、自分自身が生きづらくなっているような、胸のつかえ。背負っているものが。

ホアン監督の心の中にもずっとそういったものがあり、ご自身が娘さんを出産されて親になったことをきっかけに、やはりこれは聞いておきたいと思い至ったようです。

ここにしかない家族の姿

アヌさんは、自由奔放に美しい女性たちと交際してきました。元カノさんに話を聞くと、けっこうひどい事実も明らかになったりします。

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でも、この映画を通して見るアヌさんは、私の目にはとても魅力的に映りました。

なぜならアヌさんは、世間で言われている母親像とは少しばかり違うかもしれないけれど、市場へ買い物に行き、家族のために栄養たっぷりの健康的な料理を作っている。孫の面倒をみている。さりげなく孫にヤクルトを買ってきたり、決してむげにしていないんです。

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何より、たまに見せる笑顔がとてもチャーミング。

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孫を抱きしめるアヌさん。©Hui-Chen Huang All Rights Reserved.

それは、たくさんの時間アヌさんにカメラを向け、撮ったものの中からこれらの姿を切り取ったホアン監督の心の中のアヌさんがチャーミングだからなのではないでしょうか。
そして、これまでずっと他人のように暮らすことに耐えてきたのに、対話をしようとし続けたホアン監督に、心から拍手を送りたいと思います。

家族のことを、他人に分かってもらうのは難しいですよね。分かってもらいたいと思わない人も多いかもしれません。
でもこうして他の家族の対話を見せてもらうことで、自分の中にあるわだかまりをもう一度取り出して眺め、また元の場所に戻そうという気持ちにさせてもらえるような気がします。

実話をもとにしたドキュメンタリー映画も数多く存在しますが、これは監督自身がやらなければ決して描けなかったであろう、唯一無二のドキュメンタリーでした。

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台湾映画界の巨匠ホウ・シャオシェン(侯孝賢)監督が製作総指揮でバックアップ

ホアン監督は、義務教育を受けられなくなった後、20歳から複数のNGOで社会運動に従事していたそうです。そしてちょうどその頃、「牽亡歌陣」の仕事現場にドキュメンタリーの撮影が入ったことをきっかけに、ドキュメンタリー映画に興味を持ち始めました。

社会運動を通じて台湾映画界の重鎮ホウ・シャオシェン監督と出会い、「資金調達がスムーズになるだろうからと」プロデューサーを名乗り出ていただいたいう逸話も。

ホウ監督、作品について口を出すことはほとんどなく、「自分の感情は自分で処理すること」とアドバイスをしてくれたそうです。
この言葉は物書きをしている私にとっても、ものすごく響くものでした。

ホウ・シャオシェン監督
2020年の「金馬賞」でホウ・シャオシェン監督が生涯功労賞を受賞されたことについては『Pen Online』で書かせていただいています(画像クリックでリンクします)

ホアン・フイチェン(黃惠偵)監督のコメント(配給会社さんよりご提供いただきました)

ホアン・フイチェン(黃惠偵)監督
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映像作家として、私は常に主流から外れ、なかったことにされている非力な人々のストーリーを語り続けてきた。彼らの痛みや苦しみ、そして無力感と失望感は、かつての自分が味わってきたものだ。

自分自身のストーリーについては、声に出す勇気も力もなかった。なぜなら自分をさらけ出すのは辛いし、自分が愛されているかどうかを問うことは、さらに痛みを伴うことだし、真実を知ることはこの上なく耐え難いことだからだ。

だけどこれ以上、恐怖心を言い訳に人生におけるもっとも重要な問いを回避し続けるのは止めにしよう。
私自身、娘を産み母となったことで、これまで見えていなかった母の思いを知ることができたのだから。
それは、過去の自分を思いやり、恐れに対峙する力となる。
この過程が、母と私自身にとって、闇から抜け出し、長い苦しみから逃げ出す助けになることを信じて。

ホアン監督は目下、ホウ監督と知り合うきっかけとなった社会運動をテーマに、新作ドキュメンタリー映画を製作中とのこと。
今後も楽しみです。

映画『日常対話』(原題:日常對話 英題:Small Talk)

©Hui-Chen Huang All Rights Reserved.
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以下は公式サイトからの引用です。

ひとつ屋根の下、赤の他人のように暮らす母と私。
母の作る料理以外に、私たちには何の接点もない。
ある日、私は勇気を出して、母と話をすることにした。
私はビデオカメラを回し、

同性愛者である母の思いを記録する。
そして私も過去と向き合い、ある秘密を母に伝える…。

記憶にある限り 母にはいつも“彼女”がいた

暴力を振るう夫から身を守るために、アヌはチェンとその妹を連れて家を逃げ出した。弔い業に対する世間の冷ややかな視線、そして周囲に隠すことなく「女性が好きな女性」として奔放に振る舞うアヌへの偏見。さらに娘たちよりも恋人を優先するアヌに、チェンは次第に不信感を募らせ、母娘関係はいつしか他人同士のように冷え切ってしまう。やがて自らも一児の母となったチェンは、家族の姿を映画に撮ることでアヌの本音を聞き出し、自分の秘密を打ち明ける決心をする。

「女」であること、「自分」を生きること

2019年にアジアで初めて同性婚が合法化された台湾。だが、1950年代の農村に生まれた母アヌがすごしてきたのは、父親を中心とした「家」の制度が支配する、保守的な社会だった。娘チェンは消えゆく台湾土着の葬送文化<牽亡歌陣>とともに、レズビアンである母の、ありのままの姿を映像に収め続ける。多くを語りたがらない母に、娘が口に出せずにいた想いをぶつけるとき、世代や価値観を越えてふたりが見つけ出した答えとは──?

  • 監督・撮影:ホアン・フイチェン(黃惠偵)
  • 製作総指揮:ホウ・シャオシェン(侯孝賢)
  • プロデューサー:リー・ジアウェン(李嘉雯)
  • 撮影指導:リン・ディンジエ(林鼎傑)
  • 編集:リン・ワンユィ(林婉玉)
  • 編集顧問:レイ・チェンチン(雷震卿)
  • 音楽:リン・チャン(林強)、ポイント・シュー(許志遠)

『日常対話』
2016年/88分/台湾 
©Hui-Chen Huang All Rights Reserved.
配給:台湾映画同好会
2021年7月31日(土)ポレポレ東中野にてロードショー
公式サイト:https://www.smalltalktw.jp/

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